高橋源一郎『官能小説家』

官能小説家 (朝日文庫)

官能小説家 (朝日文庫)

「ねえねえ」女が割りこんできた。「モリさんて有名な作家なんだって。あんた、知ってる?」
「知ってる」
 おれは仏頂面でいった。そんなこと常識だ。
「だから、色紙書いてもらっちゃったあ」
 女はテーブルの上に置いてあった色紙を持ち上げておれに見せた。
「則天去私 森鴎外
「仲良き事は美しき哉 森鴎外
「生まれてきてすいません 森鴎外

ゴーストバスターズ』以後の作品のなかではもっとも好きなこの小説が文庫化されたので、プッシュしておきます。
解説は山田詠美
 
単行本発売時の感想は→http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~sorakei/diary/diary_050.html#kan-nou
当時は★の数で作品の評価をしていたんですが、最高の★★★★★をつけています。
 
ところで、下世話な話ですが、この作品の登場人物にはモデルがいるといわれています。

単行本の初読時・再読時にはそんなことは知らずにいたので、今回の文庫化にあたって、そのへんを意識して読み直してみようかと思っています。

 世界の前で無にひとしいぼくたちは、ついにその世界の秘密にたどり着くことはできないだろう。そのことによって、ぼくたちは永遠に孤独なまま死んでゆくだろう。だが、ぼくたちはそれでも希望を棄てないだろう。なぜなら、ぼくたちには官能と言葉があって、それは無為に死んでゆくぼくたちに世界から差し向けられた慈悲、いや一つの奇蹟なのだ。