佐藤友哉「死体と、」(「新潮」6月号掲載)

ツッコミどころはないけど、さらっと読んで、特に残るものもない。文体、視点の処理、題材、展開、書き出し、結び、などそれぞれ工夫しているのはわかるし、それぞれ工夫の結果としては「悪くない」と思う。強いて問題点をあげれば、描写が弱いということだろうか。死体にエンバーミングを施す場面に顕著なように、資料の表現に手を加えた単なる手順の説明になっている。「水による洗浄」というのは、ホースで水をかけることなのか水にひたした布で拭くことなのか、「動脈液を注入する器具」は、機械なのか手動なのか、そもそもどんな形状なのか……といった肝心な細部が曖昧で、文章の明晰さと比較して語られている内容に具体性が欠けている。
……と、ここまで書いて、ちょっとエンバーミングについて調べてみようと思って検索したら、こんなサイトを見つけた。

以下に、上記のサイトから「エンバーミングのプロセス」と題された文章の一部を引用する。

(1)洗浄/水と薬品で全身を消毒する。耳・肛門・膣などに消毒剤を浸した綿を詰める。作業中はずっと水で遺体を洗浄している。
(2)薬品が入りやすいように、血管を広げるため、全身マッサージを行なう。
(3)腹に溜まっている水を出す作業。メスを腹に刺し、腹を押さえて腹水を出す。
(4)薬品調合/体の状態によって動脈に注入する薬品の調合割合が変る。調合した薬品を注入器のなかに入れる。この機械は心臓の鼓動のリズムを響かせながら、薬品を注入していく。
(5)遺体の髭を剃る。また爪を切り、鼻孔を脱脂綿で拭く。
(6)まぶたが開かないように、プラスチック製の器具をまぶたの裏にいれる。
(7)肺に溜まっている水を出す。
(8)上顎と下顎に糸をかけて口が開かないように縫う。次に薄い歯型を入れ、その上に脱脂綿を敷き、さらにワセリンを塗って、皮膚の乾燥を防ぐ。
(9)動脈の摘出。首の右のつけねの一部を切り開いて、奥にある頸動脈を掴み出す。次に血管が引っ込まないように棒で支える。次に静脈を取り出し、同じようにする。動脈の血管を縦に切り開き、そこから管を差し込んで、動脈液を注入する。その際液が回りやすいように、遺体をマッサージする。
(10)静脈を切り、血液が流出しないように糸で結んでおく。次に動脈液を注入してから、液の圧力で血液を静脈から押し出す。このようにして、全身の血液を交換する。この場合、血管が詰まって薬品の注入が不可能の場合、別の位置の動脈が使用される。
(11)次に内臓の処理に当たる。これには、特殊な器具(トロカー)を臍の気持ち右上の部分から差し込み、各臓器の水分を吸い出すのである。その順序は、膀胱、盲腸、肝臓、右ろく膜、左ろく膜、胃、そして結腸である。内臓の部分は腐敗しやすく、700〜900グラムの流動物が、腹部からホースを通って流し口に排出される。
(12)全身の処理を終えてから、胴体を白のビニールで包み、続いて顔のメーキャップを行なう。顔の色は斎場にある照明の明るさを想定して塗る。またメークの終わったあと、まつげなども黒く塗る。
(13)斎場に遺体を運んでから、服を着せ棺の中に入れ終了。

「死体と、」のP.149下段〜P.150上段を読み直す。いくらなんでもそのままの部分が多すぎだろう……。